2014年07月31日

夏に輝く冬景色


今何時だと思っているの。写真の幅が狭くなってしまいました。仕事とはいえ、まだ草刈りが終わっていません。「世の中、マイパースで行って何が悪い。」人間、生きていくうえで、生活できればいいじゃないか!なんでそんなに、他の人と比べるの。農家は昭和の時代、後半はよかったが。戦時中、戦後と他産業と比べ、あまりにも満ち足りた生活を送ったとは言えず、苦しい限りでした。農地改革に対抗するため、農協を組織し、貧しさからの解放を意図した。しかし、高度経済成長が充実すると
農協だけが独り立ちしてしまい、農家は取り残されてしまった。農家のための農協ではなく、農協のための農家という言葉がぴったりになってしまった。趣味を講じて本業となす。農業を本当に頑張るためには、趣味にお金をかけなきゃならない。有機的な農業をするには、無機的な根底を払いのけなきゃならない。これは鉄則です。結局何を言おうとしたのか、根源が失せてしまったが農業はサラリーマンと違い、出世とは無縁に物事を考え、都市生活者の中でもまれた意識を、農家本来の互助精神の中に培って遂行しようとすることである。
  


Posted by 善兵衛 at 03:03Comments(0)小松家 冬

2014年07月30日

臆病な私


午前中に続いてまた書きます。人間の生活には、当たり外れは付き物。何もしないで一日を終える人、あくせく一生懸命働いているのに目に見えないことで失敗してる人、私はと、いうと、なんにもしないで合理的に考え、日々を葛藤するタイプです。結果はというと、次の日に引きずってしまい、後で大きなしっぺ返しを食らう、至ってそんな方のタイプです。ビジョンは至って豪華なのですが所詮、怠け者!況してや、これまで自分を成就したことがありません。それに加えて他力本願、すべてを他人のせいにしてしまう。いちばん、この世で悪いタイプときている。
きょうも気温が三十度を超えてきました。学生時代、炎天下を二十キロの荷物を背負い、山々を駆けずり回った経験から言わせれば、今日のような天気なんぞ、草刈りをするには、序の口です。怠けからきているのですが仕事は二の次、健康管理に気をつけましょうということです。
水稲の防除から言わせれば、出穂後のしばらくの間、乳熟期前後の間に、カメムシをほ場に追い込まないようにすることなのですが、一般的には悪い習慣で、八月の一カ月と捉えている、誠に風俗的に成りすぎている、困った風習です。  


Posted by 善兵衛 at 15:45Comments(0)小松家 夏

2014年07月30日

ルドベキア・ヒルタ’ローランド’です


そうです、複雑な名前を書かないでください!。と言われそうですがよく、家庭の庭の隅にダイナミックに野性味あふれて咲いてますよね?。原産は北アフリカ、割とどこでも咲けますよね。鑑賞してください。
  


Posted by 善兵衛 at 10:36Comments(0)小松家 夏

2014年07月20日

眼下に松山の町が。


こんばんは、写真は眺海の森からながめた、酒田市松山町とその前に広がる、庄内平野です。
  


Posted by 善兵衛 at 18:59Comments(0)小松家 夏

2014年07月18日

妻が撮った月山


北京原人ですみません。月山の頂上で撮ったフォトはあるのですが、顔と名前がばれてしまうので、プライバシーの問題もあるので、ここではつつましく、月山の九合目に咲いていたヒナウスユキソウの写真にとどめておきます。しかし、頂上はきつかった。先は見えるのですが、二時間、三時間歩いても、着かない。体力が完全におじいさんで、歩いているより、一服している時間のほうが数倍長い、足腰は完全に老人でした。妻はスイスイ登るのに、私ときたら”崖の上の三丁目”の感覚で、若いころ登ったキネズカはありませんでした。せめて、登山しようと思う感覚を褒めてもらいたいと少しながら表しました。1980mの月山ですが、写真で見るより実際、登って見ることがどんなに大変なことか、感じてもらえれば嬉しいです。写真は無いのですが!というか、載せなかった。頂上で撮った写真はあるのですよ!。  


Posted by 善兵衛 at 00:17Comments(0)小松家 夏

2014年07月17日

梅雨でも夏ですなぁ!


ご無沙汰してます。気候に促され、秋田の美術館に行ってきました。調度、前衛芸術家、草間弥生氏の作品展が開催されてました。あの際立った顔、この世の別人と思える風立ちに促され、入ってきました。作品はいたってオーソドックスな特徴のあるものでした。少女時代のブレイクした感情を常に今まで頼ってきた、金の為とはいえ、少女受けする風刺にはいたって独特なセボンが似合います。抽象的で何を表しているのかわからないところが、このひとの特徴かと思いました、ほかにも作品は膨大な量が展示されてましたが、私には足を止めて見るだけの感動にはほど遠い感がありました。他の人と違うから、リアリティがあるから、作品として生きているのでしょうか?私には理解できませんでした。独特な感じがあるから、作品として生きているのでしょう。草間弥生さんに幸あれ!。
  


Posted by 善兵衛 at 23:46Comments(0)小松家 夏