2017年03月30日

四十年前の思い出


ハラホロヒレハレ!みなさん元気ですか。小生、人生で初めて自分の思い通りのことをしてしまいました。そうです、ひとり酒飲みに出かけたのです。誰も私を助けてくれる人はいません。私をかばってくれる人もいません。酒の請求は命ぜられたとおりに払いました。はじめての冒険です。逆にいえばそういう体験をするのが遅かったのかも知れません。予定の金額より少しオーバーしてしまいましたが、お金を考えるより、酒を味わう雰囲気に酔い知れ、明日へのやる気をゲットしました。めでたし、めでたし。
  


Posted by 善兵衛 at 19:42Comments(0)旅行

2017年03月27日

万里の松原


ハラホロヒレハレ?、散歩、ウォーキングに最適、一周二キロほど、のランニングコースが酒田市にもある。久しぶりに登場してみた。すがすがしい。その昔、酒田の本間様は日本海の飛び砂が暴れまわり、平野を汚すのが哀れみて海岸沿いに松を植樹して防風林を作った。現在は運動公園になっているが周辺一帯を散歩するのも楽しい。特に私のようなメタボにとっては絶好のウォーキングコースになる。のびやかに伸びた松は三百年もたち、天に突き出している。気分は爽快だ。残った時間のある人は地下千メートルから掘った足湯にもたれるのも健康のためにいいことだ。多寡が十万人の酒田市だが、都会に比べても行きかう人もいないような、過疎の田舎町だが自然は豊か、住民の人情は厚く、すぐに友達になれる。都会のようなにぎやかさは全くないが、食べ物はおいしい。鳥海山や最上川で佇んでも楽しい。自然は裏切らない。  


Posted by 善兵衛 at 23:49Comments(2)小松家 春

2017年03月23日

生け花の個展


ハラホロヒレハレ!今週の土曜日、日曜日個展が開かれる。妻も出品するので興味のある方は参加ください。展覧会は山形のナナビーンズの五階で二十五日から二日間である。初代家元に私の家から嫁いだ経緯もある。苦節七十年、蔵王をイメージし、山形県の流派で文部大臣賞に輝いている。生け花を見てると心が透き通る。和の一服である。当日は私も駆けつける予定である。
  


Posted by 善兵衛 at 02:11Comments(0)旅行

2017年03月18日

私の歴史、パート2


ハラホロヒレハレ?。謎めいた写真が出てきたが、すべて私が登った山だ。北アルプス、奥穂高岳。名峰として知られている。体力の限界を尽くして撮った一枚。すべてが歴史である。
  


Posted by 善兵衛 at 21:47Comments(0)小松家 春

2017年03月18日

私の歴史


ハラホロヒレハレ?。過去を懐かしむ、数十年前のネガから取った北アルプス、ツバクロ岳の遠上図、今思うとはるか彼方の思考が洞察される。その頃の体力と勇気に乾杯。これら山塊の遠上図は数十枚あるのでその時々に路上してみる。決死の覚悟に賛同してもらえば嬉しい限りです。
  


Posted by 善兵衛 at 20:37Comments(0)小松家 春

2017年03月13日

平凡な生活


ハラホロヒレハレ!デスクトップで公開するのは恥ずかしいのですが、前段に続いて甥っ子の結婚式の模様を載せました。幸せそうな二人。親の気持ちが伝わってきます。
総会シーズン、今日も集落の総会、懇親会がありました。資料をめくって発言内容を相談する。三時間も掛かってしまった。会議の後半は懇親会の酒が気になる。程よく親しめれば、今宵も宴が楽しい。今年に入って趣味から攻めてきた。ウォーキング、水泳、詩吟、パソコンとそれぞれに意義がある。時間がいくらあっても足りない。仕事が第一最優先だが、私の場合、自営業なので趣味がないと仕事がはかどらない。朝に計画したものが一日を通して完成できるのが普通だ。無目的に動いても恥をかくのが普通だ。頑張らなくては。
  


Posted by 善兵衛 at 00:30Comments(0)小松家 春

2017年03月10日

戦中教育の打算


ハラホロヒレハレ!。写真は先日、東京に行って結婚式に招かれた、ついでに寄った浅草の浅草寺の正門である。一週間ほどは祝宴の余韻が残り、また写真の余波でボーとした幸せな時間をいただいて、もらった。東京にもまれたおかげで人間がひとまわり、成長したような気分になりました。何事もチャンスは活かすにかなわない。
話は変るが、私のようなものでも家庭生活を送っていると、歳相応にその人のその歳に至るまでの過去が再蹴られる。なんでこの人はその歳までこのような人生を続けてきたのか?。過去の経緯がこういう結果をまねいだのかなぁ!などと細かく感じられる。それだけ視線を幅広く感じられるようになったということか?。戦後間もない頃、敗戦の影響で世の中に食料、物資が不足し、遠く僻地まで食料をつなぎ求めていた時代、生活にゆとりなどまったくない。自然と今の生活とは全く違いものがないので、身の回りの物資、食料を大切にする時代であった。その教育の影響か、今の年配の方は限りなく身の回りの物を大事にする。その人からか、今の時代の”断舎利”とはとんでもないことである。どんなものでも大切にして利用価値を見つけ出そうとする。我々のような、ものがある程度満たされて育った年代から見ても、それはどこか異常に始まる。こういう考え方こそ、異常と映るのである。  


Posted by 善兵衛 at 18:57Comments(0)旅行