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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2017年03月10日

戦中教育の打算


ハラホロヒレハレ!。写真は先日、東京に行って結婚式に招かれた、ついでに寄った浅草の浅草寺の正門である。一週間ほどは祝宴の余韻が残り、また写真の余波でボーとした幸せな時間をいただいて、もらった。東京にもまれたおかげで人間がひとまわり、成長したような気分になりました。何事もチャンスは活かすにかなわない。
話は変るが、私のようなものでも家庭生活を送っていると、歳相応にその人のその歳に至るまでの過去が再蹴られる。なんでこの人はその歳までこのような人生を続けてきたのか?。過去の経緯がこういう結果をまねいだのかなぁ!などと細かく感じられる。それだけ視線を幅広く感じられるようになったということか?。戦後間もない頃、敗戦の影響で世の中に食料、物資が不足し、遠く僻地まで食料をつなぎ求めていた時代、生活にゆとりなどまったくない。自然と今の生活とは全く違いものがないので、身の回りの物資、食料を大切にする時代であった。その教育の影響か、今の年配の方は限りなく身の回りの物を大事にする。その人からか、今の時代の”断舎利”とはとんでもないことである。どんなものでも大切にして利用価値を見つけ出そうとする。我々のような、ものがある程度満たされて育った年代から見ても、それはどこか異常に始まる。こういう考え方こそ、異常と映るのである。  


Posted by 善兵衛 at 18:57Comments(0)旅行